井岡一翔は弱いのか?生い立ちから引退理由と現役復帰への経緯とは?

スポーツ

今回は、日本のプロボクサー井岡一翔(いおか かずと)選手についてのワダイです。

井岡一翔選手はプロデビュー後、フライ級で頭角を現しました。デビューから数試合で連勝を重ね、注目を集める存在となりましたね!

2014年、井岡一翔はWBC(World Boxing Council)世界フライ級王座を獲得し、日本人としては初めてのWBC世界チャンピオンとなりました。この王座獲得により、井岡一翔選手の名声と評価はさらに高まりました。

その後も井岡一翔は複数の試合で王座を守り、世界トップ選手としての地位を確立しました。彼の戦いぶりはスピードとテクニックを駆使し、相手を圧倒するスタイルが特徴です。

2017年12月31日に現役を引退していますが、1年もたたずに現役復帰を発表して復帰を果たしました。

現在も井岡一翔選手はプロボクシングのリングで活躍し、ファンを魅了しています。

今回はそんな井岡一翔選手について、彼の生い立ちや強さ、一度引退した理由などを解説していきたいと思います!

スポンサーリンク

井岡一翔は弱いのか?4階級制覇の凄さ

井岡一翔選手の戦績を見ると、プロ25勝のうちKO勝ちは14試合、KO率は5割ちょっとで、あまり高い方ではありません。これはつまり、判定決着の試合が多いということですね。

井岡選手は接近戦を得意とし、相手のパンチを受けずに自身のパンチを効果的に当てる能力に長けています。

井岡選手は相手との「間合い」を巧みにコントロールし、高度な技術を駆使してポイントを積み重ねていくスタイルです。

一方で、一発の猛烈なパンチや圧倒的なフィジカルを持つわけではないため、試合には何度もダウンがあったり盛り上がりのある展開というわけではありません。

結果として、12ラウンドが淡々と終わるような試合になることがあります。

このようなボクシングスタイルから、スリリングなダウンシーンを期待するファンからは「井岡一翔の試合はつまらない」といった批判の声も上がることがあります。

しかし、井岡選手の戦略的なアプローチや戦闘能力、技術の高さは間違いないと言えるでしょう。

なにより、井岡一翔選手は、その持ち前の才能と努力によって日本人初4階級制覇を成し遂げた、まさに強者です!

井岡一翔選手はフライ級からスーパーフライ級、バンタム級、そしてスーパーバンタム級までの4つの階級で世界チャンピオンの座を獲得しました。これは、ボクシング界でも非常に難しい偉業であり、井岡一翔選手の才能と技術の高さを証明しています。

井岡一翔選手が敗北を経験した試合もあることも事実ですが、しかし、それは井岡一翔選手が弱いということではありません。どんな強いボクサーでも敗北を経験することは避けられないことです。

井岡一翔選手が成し遂げた4階級制覇の偉業は多くの人々を感動させたことでしょう!

スポンサーリンク

井岡一翔の生い立ち

井岡一翔選手はいつごろからボクサーを志したのでしょう?

中学1年生の頃には本格的にボクシングを始めたようですね。

高校2年生の時には選抜大会、インターハイ、国体の高校三冠を達成しました。

高校卒業後は東京農業大学に進学しました。井岡さんは一般受験ではなく、ボクシングのスポーツ推薦によるものです。

東京農業大学のボクシング部は大学ボクシング界の名門であり、井岡さんもその部に所属していました。

大学進学もボクシングキャリアのためであり、井岡さんは北京オリンピックでの金メダルを目指すことになります。

しかし、井岡さんにとって確実視されていたオリンピック出場も、大学1年生の時に行われた全日本選手権の決勝で僅差の1ポイント差で敗れ、逃すこととなりました。

この判定は意見が分かれる微妙なものでしたが、井岡さんはインタビューで「負けは負け」と述べ、敗戦を率直に認めました。

オリンピックという目標を失った井岡さんでしたが、大学時代は2年連続で国体の優勝を果たしています。

 

しかし、大学2年生の時に彼は大学を中退し、プロボクサーに転向しました。

2009年1月にプロライセンスを取得し、プロ転向を果たし、わずか8戦目の2011年2月にはWBC世界ミニマム級の王座に就きました。

その後、3度の防衛に成功しましたが、2012年12月にライトフライ級に転向し、WBAの同級王座も獲得しました。

2014年5月にはフライ級に再び転向し、IBFのタイトルマッチに挑みましたが、プロ15戦目で初めて判定負けを喫しました。

2015年4月にはWBAフライ級の王座を獲得し、世界最速で3階級制覇を達成!

しかし、2017年12月31日には突然の引退を発表しましたが、2018年7月に現役復帰を発表しました。

スポンサーリンク

井岡一翔が一度引退した理由と現役復帰への経緯とは?

井岡一翔選手は、ミニマム級、ライトフライ級、フライ級の3階級で世界王者となり、戦績は25勝(KO13)2敗という成績を残しています。

2017年4月にはフライ級で5度目の防衛に成功し、日本記録となる世界戦通算14勝を達成しました。この頃、井岡選手は絶頂期にあったと思われていましたが、その年の終わりに突然引退を発表します。

引退理由については、井岡選手自身が「ボクシングを始めた時の夢である3階級制覇を達成したので引退するつもりだった」と述べました。

その一方で、「防衛を続ける中で新たな目標を見つけた」とも語り、メディアやファンの間では「不可解な引退」という印象もありました。

 

引退の真の理由については、諸説があります。

当時所属していたジムの会長である父の一法氏によれば、井岡選手が2017年5月に結婚し、東京に引っ越し、大阪のジムとの距離が遠くなったことから「プライベートの時間を大切にしたい」との意向を示したとされています。

一方、父子の間には確執があったとの見方もあります。井岡選手はフライ級時代にジムのマッチメイクに不満を抱いていたと言われ、より強い相手との試合を求めていたとも伝えられています。

そして、引退直前の2017年11月、井岡選手が6度目の防衛戦が計画されていたタイミングで父の一法氏が単独で会見し、「結婚後十分練習が積めない。モチベーションがなければ引退も仕方ない」と語り、フライ級王座を返上する事態が起きました。

しかし、井岡選手は引退から半年以上経たないうちに現役復帰を発表しました。

引退時には日本ボクシングコミッション(JBC)に引退届を提出したため、日本国内での試合はできませんでしたが、彼はアメリカのプロボクシングイベント「スーパーフライ2」を観戦した際に、米側からの出場の打診を受けたことが、井岡選手の現役復帰のきっかけとなりました。

井岡選手自身は当初、復帰の考えはなかったと語っていますが、米国での試合に挑戦する新たな環境に魅力を感じ、再び挑戦する決意を固めたとのことです。

彼の心の奥底には、まだ海外で強豪と対戦し、更なる高みを目指すという思いがあったのかもしれません。

井岡選手の現役復帰には多くの注目が集まりました。彼が再びリングに上がり、どのような戦いを見せてくれるのか、ファンたちは期待と興奮で歓迎したことでしょうね!

彼のボクシングキャリアはまだまだ終わらないようです。

スポンサーリンク

まとめ

今回は、日本のプロボクサー、井岡一翔選手について生い立ちや引退した理由などを解説してきました!

一度引退した後に現役復帰を果たし、現在もプロボクシングのリングで活躍しています。

現役復帰後、井岡選手はフライ級からスーパーフライ級までの4階級で世界王座を獲得し、そのキャリアはまだ終わっていません。

ボクシングファンは井岡一翔選手の更なる成長と新たな戦いを期待しています。

彼の持つスピードとテクニックを駆使した戦いぶりは、多くの人々を魅了しています。

井岡選手のこれからの活躍に注目です!

コメント